ここにいるっていう感覚を推したいのに体が違うって言う気がする

考え的にはここにいるっていうことで次そう動こうってあると思うんですけど、動作をする時に体がストッパーになってしまって違うってなるんですよね。感覚すらこうであるが故なのか次動こうとする方向に体がついて行きたくないって思うんですよね。ストッパーの効く理由でもあるのかと流石に思うわけなんですけど、理由が見当たらない分にやっぱり考えてるか考えてないかしてなおかつ動くか動かないかっていうその選択しかなくて、行動の阻まれ方は如何にってなるんです。ここにいることを推したいんですよ本当は。でも動くって何かとか目的とかになってきてしまって、当初の目的は流暢な話なんですよね。いる分の無駄のなさみたいなところが強調されてくる気がして、いることが難しいって言ってるみたいだなってやっぱり思うんですよね。願ったり叶ったりではあって、それだけは確かな経験や過去なんですけど、自分と言うか目の前のそれとかいる環境の方に向くべき何かがまだ自分の中にあると思っていて、新しくなれない理由がそれだなと確信として思うのです。生活費 借りる

娘と一緒にカタツムリを長時間眺めていました。

先日テレビでカタツムリは病原菌がいっぱいと言っているのを見たのに、娘が最近カタツムリにすごく興味を持っているんです。雨が降ると近所のカタツムリがたくさんいるスポットに向かい「これがパパでんでんちゃん、こっちがお姉ちゃんでんでんちゃん。」とカタツムリで物語を作ったりするんです。そのくせ捕まえる勇気がないので病原菌の心配はなかったのですが、慣れてきたのかツンツン出来るようになってしまいました。私も子供の頃に突っついて目玉だか角だかが引っ込むのを見て楽しんだことがあります。未だに生態をさっぱり知りません。つい最近までナメクジがやどかりよろしく貝殻に潜り込んでいるんだと思っていたくらいです。あんな硬い背中の殻ごと成長するなんて不思議ですね。娘と眺めていて初めてウンチをするところも見れました。
さんざん突っつきまわした私も特に病気になった覚えもないしちゃんと手を洗うなら、こうやって生き物と触れ合うことは悪くないですよね。acom 借り入れ